2005年03月29日

武道家の仏教

少林寺拳法に入門すると 初めに習うことに「八方目(はっぽうもく)」という目配りがあります。

皆さんにも経験があるかと思いますが
人は何か 一つの物を見ようとするとき その対象に集中してしまうと 例え近くにあるものでも見えなくなってしまいます。
<例>大好きな人を見ていると その隣にいる人のことは 服装ですら 後で思い出せなくなったりしません?

格闘技において 「約束組み手」という練習方法があります。
相手の攻撃があらかじめ こちらに分かっているのです。
「右のパンチが来る!」とわかっているので 知らず知らずのうちに相手の右手にのみ視線が偏ってしまい 相手の左手や蹴りに対する警戒の意識がなくなってしまいます。
黒骨も若い頃よく 右手に視線が集中してしまい 道場長に「すきアリ!」と廻し蹴りをくらったものです。

「八方目」とは一箇所ではなく 「八方を見る(全体をみる)」というもので 「特定の何かを見ない」と言い替えることが出来ると思います。
「八方目」は「見よう」という意識が働くと上手くいきません。あえて言うなら「見ているんだけど 何かを見ているわけではない」というような状態です。しかし 何も見ていないというわけでもありません・・・・・(この辺が難しい・・)

以上の文章は非常に分かり難い表現になっていますが 何故こんなことになっているのでしょう?

それはきっと 格闘技における「間合い」や「気配」など経験や体験したもの 感じたものを 言葉にしようとするからではないかと思います。

話の腰をへし折りますが・・
仏教にはややこしい言葉がたくさんあります。
「般若心教」なんかにも「色即是空」「空即是色」なんていう ややこしい表現が多いですが これも根本に「悟り」というものを何とか言葉で表現しようと無理をするからだと思います。

ですから 仏教を理解されたい方は頭で理解するのも大事ですが 是非 仏教に触れてみてください。

ps:空手やその他の格闘技に「拳禅一如」という教えがあるかと思います。格闘技をやってらっしゃる方なら 結構「座禅」もすんなりうけいれられるのではないでしょうか?
posted by 泣いた赤骨 at 02:43| Comment(3) | TrackBack(0) | スポーツ | 更新情報をチェックする

2005年03月12日

護身術

 私は趣味で武道をやっています。 そのせいか 友達から
 「どの格闘技が一番強いと思う?」と聞かれることがよくあります。
 皆さんは どう思われるでしょうか?

 正直なところ この問いは 答えが無いように思います。
 何故なら 格闘技自体の強さというものは無いからです。
 
 「ストリートファイター2」のどのキャラクターが強いのか?という問いと一緒なのです。
 誰がこのキャラクターを使うかによって 強さが決まってしまうのであって
 撰んだキャラクターによって 強さが決まるのではありません。
 
 こう答えると
 「屁理屈いうな!実際に喧嘩して 一番強いのはどれか?って聞いてんだよ!」
と 質問が続くことがあります。
 いうまでも無く。これも意味のない問いです。

 喧嘩はスポーツと違い 何でもありです。
 ハッタリや脅迫 相手の人数 不意打ち 道具の使用 ダウン攻撃 挑発 人質 銃器の使用 etc
 はっきりいって 身に付けた武道どうこうではありません。
 人間相手なら 絶対にこちらが負ける人間なんていませんし 絶対勝てると言いきれる相手もいません。

 「じゃあなんで 意味の無い武道なんてしてるんだ?」と聞かれることがあります。
 相手が納得してくれるかどうかはまちまちですが

 「相手を怖いと思うことや 自分は強いという錯覚から 自由になれるから」
 と答えます。

 「はあ! 格好つけんな!」と何回言われたか わかりません。

 「本当なんだけどなあ・・・」と思います。

 「もう いいよ! それなら 仏教の中で 一番いい宗派ってどれなんだ!」

 「はあー それも答えがないんだけど・・・・」





 ps:今の宗派を選んだ理由は 私向きだったからです。よその宗派が嫌いだったわけではありません。
posted by 泣いた赤骨 at 01:31| Comment(2) | TrackBack(1) | スポーツ | 更新情報をチェックする

2004年09月13日

<strong>強さ</strong>

 ガキの頃から、ずっと強くなりたかった。

 武道かじって 少し 自信がついたけど 気付いたことがある。

 「強さって 腕力じゃねえなあ」

 はじめ意味がわからなかったけど、実は道場に初めていった日、教えられた言葉がある。

 「力なき正義は 無力である。 正義なき 力は暴力である。」(宗教ではなく道徳ですが・・)

  うちの宗派の坊さんは絶対に口にしないであろう言葉だ。

 たしか、映画「ガンジー」の中でガンジーがキリスト教の

 「右のほほをぶたれたら 左のほほをだせ」(こんな感じの言葉ってありますよね。)

 という言葉に 彼なりの解釈を語っていた。

 「この言葉は 勇気を出し、暴力に屈するな という意味ではないでしょうか?」と・・・

  

 実践なき教義、実践なき正義


 ・・・・・同じ位 くだらない・・・・・・

 私はそう思ってる。
posted by 泣いた赤骨 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | 更新情報をチェックする
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