2008年03月01日

「本堂でウインドミル」と「世も末な話」

ドスン!

久々にやってみたけど やっぱり以前出来なかったことが しばらくしていきなり出来るようになるわけはありません。

こんばんわ!前回の記事を書いて二日後に 朝目新聞に載せていただき 一日に5000ヒット(ご存知!うちはふつう平均200ヒット以下のマイナーブログなんです)を越え、なんだか怖くなって訳もなく「ブログ辞めようか」と思ったチキンでシャイな黒骨です。

そんな告白はさておき・・・

お寺に入ったばかりの頃、テレビ見てたら 憧れ、どうしてもやりたくなって 本堂でウインドミルの練習をしていた頃がありました。

Photo

みんなの隙をついて 一週間近く インターネットで見つけたハウツー記事をプリントアウトして参考にしながら 練習を繰り返したのですが 何度やっても全くコツがつかめず、

「実際ウインドミルが出来る人に教えてもらいたい・・」

と心から思ったものです。

話の腰をへし折ますが・・・・

佛教の時代観として<末法思想>ってのがあります。

末法思想ってのは お釈迦様の滅後 

まづ正法(しょうぼう)の時代が500年、その後

像法(ぞうぼう)の時代が1000年、そして

末法(まっぽう)の時代が一万年続くとされています。

正法の時代とは 仏の教えがあり、その教えが実践され、悟りを得る人が現存している時代のことです。

像法の時代とは 仏の教えがあり、その教えが実践されるが、悟りを得る人がいなくなった時代のことです。

そして末法の時代とは  劫濁(時代が濁り)、見濁(思想が濁り)、煩悩濁(惑いの濁り)、人間の濁り(衆生濁)、命濁(生活の濁り)の五濁の悪世となり、佛教を実践する人がいなくなり、結果仏法も滅ぶとされる時代です。

この末法思想はインドにはなく どうやら中国で考え出された終末観らしく、それに引きずられて日本にも持ち込まれたものです。

多くの日本のお坊さんもこの説の影響を受けました。
この説の影響を受け、末法の世にふさわしい佛教は?

という問いに誰もが悩んでいたわけです。
(法然さま、親鸞様、日蓮さまなどなど)

当時、日本のメジャーどころで この末法思想に対し、
「そんなの関係ねえ!」と 小島よしお よろしく はねつけたのは 道元さまぐらいのもんです。あたしも時代によってそんなに 人間の質が変わるとは 思えないので 浄土教系の坊主ですけど 禅宗の道元さまはカッコイイなあ~ と思ったものです。

そのことに今も変わりはありませんが・・・

ウインドミルの練習を本堂でやってて思うわけです。

「もし実際にウインドミルの出来る人がそばにいてくれたら きっと 今より上達が早いに違いない!」と・・・

もしかしたら 末法思想ってのも そんな感じかもしれませんねえ。

実際悟った人の方が 悟っていない人より より多くの人を悟りに導くことができるであろうことは容易に想像できます。そういう意味で考えると 末法思想ってのも あながち 馬鹿に出来ないような気がしますねえ。

ps:当時 ウインドミルの練習を 住職や兄弟子には 見つかりませんでしたが たまたま お参りに来てくださったおばあちゃんに見つかってしまい。
「新しくおてらに入った黒骨という坊さんが本堂で逆立ちの練習をしていた。」という噂を流されてしまいました。

posted by 泣いた赤骨 at 00:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 仏教 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> 管理人様

末法思想に影響されていた著作であろう、伝最澄『末法灯明記』に、末法の中で持戒の者に会うのは、市中で虎に遇うようなものという教えがございます。

ウチの宗派では道元禅師も末法思想を否定しましたが、その3代後になる瑩山禅師も、末法思想を否定しながら、先の『末法灯明記』を逆説的に使って、「むしろ虎になれ」みたいな教え(要するに、真面目に修行せよ、ということ)をしていて、多分にこの方は現在なら「阪神ファン」だったのではないか?と思っている拙僧です・・・
Posted by tenjin95 at 2008年03月01日 09:17
はじめまして。
仏滅でググったら発見しました(笑)
お坊さんが一人でダンスの練習してる様を想像したら面白かったです。
何かお坊さんにしては人間らしい所が良いと思いました(笑)
Posted by taka at 2008年04月07日 13:45
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