2007年05月24日

「ゴミだと思ってる?」

「人は死ねばゴミになる」-私のがんとの闘いー

もう亡くなられた 伊藤栄樹元検事総長の著書です。
内容を一部抜粋してみますと・・・

「死んで往く当人(自分)は、ゴミに帰するだけなどとのんきなことをいえるのだが、残る人の立場は全く別である。僕だって、身近な人、親しい人が亡くなれば本当に悲しく、心から冥福を祈らずにはいられない。それは生きている人間としての当然の心情である。-康べえ(康子夫人)には大いに不満の残る私の独り言であったろう。でも涙を浮かべながらじっと逆らわずに聞いてくれた。「ごめん」」

「僕の家も、多くの日本の家と同じように旦那寺は持ってはいる。名古屋にある浄土真宗の寺だ。しかし、仏教という宗教を信じているわけではない。僕は神とか仏とか自分をこえたところに存在するものにすがって、心を慰めを得ようとする気持ちにはどうしてもなれない。それに四十年も続けてきた仕事のせいだろう。僕の頭は、科学的合理的な思想のほうが受け入れやすくなっている。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・

お願いだ!誰でもいい! 私の中に巣くう 
「死ねばゴミになる」という思想を壊してくれ!


挑戦的なタイトルの裏に こんな「叫び」がちらほら見えるような 気がしますねえ。
そもそも、御門徒にこんなこと言わすってのは お布施もらって生活してる坊主としては これ以上無い 恥なわけです。

はたして、この方は間に合ったんでしょうか?
命終わる前に この方の思想を叩き壊す 真実に触れることができたのでしょうか?気になるところです。

最初に抜粋した部分をよく読み返してみますと あたしみたいな 野良犬坊主であっても この方が大事なことを見落としてることに気づくわけです。

ひとつは「ゴミ」という言葉。もうひとつは「仏」という言葉です。

皆様は 家に帰ってみると 大事にしていたものを 母親や恋人、奥さんによって 勝手に捨てられていた なんて経験はないでしょうか?

逆に 廃品回収やなんかで 誰かが ゴミ捨て場に捨てた エロ本やエロ漫画の荷ヒモを解いて 家に持って帰った経験はありませんか?

私から見ると「宝もの」であっても 他人から見れば「ゴミ」と認識されることは 日常によくあることです。

私たちは どれほど多くの他人から 「これはゴミだ!」と言われても 自分が ゴミだと思わない限り それを「ゴミ」とは呼びません。
「野菜の切りくず」、「破った包装紙」、「排水溝につまった髪の毛」、それらは あくまで 「野菜の切りくず」、「破った包装紙」、「排水溝につまった髪の毛」であって、それだけではゴミではありません。 それらを 「ゴミ」と呼ぶ人がいて初めてゴミなわけです。

だとするなら 「人は死ねばゴミになる」って・・・
・・・ 誰が 「ゴミ」にしているんでしょうか?・・・

そして 「仏」についてですが

この方は 検事をされていたということで
「それに四十年も続けてきた仕事のせいだろう。僕の頭は、科学的合理的な思想のほうが受け入れやすくなっている」とおっしゃっています。

これはこの方だけではなく 世間一般に誤解されやすいことですが
お寺で見かける「仏像(如来像)」のあの姿は 人間を超えた存在を現しているというより、 「真実」という 色も形も匂いも無いものを 私たちにもわかるような形を通して現されたものなんです。

判り難く 喩えますと・・・

ソフランcのCM見て 
「パチパチくんなんて ものは この世に存在しないんだから こんなもの 使っても無意味だ! 静電気を抑えるものはないのか?」
なんて言いながら お店の中をさまよう人は いないでしょう?
それは パチパチくんとは 「擬人化して現された 静電気」だということをCM見ている皆が理解しているからです。

私は検事になったことがありませんので あくまで「赤カブ検事」などのテレビドラマで得た知識から想像しますが 検事さんって「真実を求める」お仕事なんじゃないでしょうか?

・・「真実」は求めてきたけど 「仏」には無関心でした・・

なんて言葉は 

・・「ギンギラギンにさりげなく」by近藤雅彦・・ 
・・「ふられて乾杯」by田原俊彦・・

ってタイトルと同じ位 意味不明(?)な言葉なわけです。





検事さんと 科学者さんは アプローチの仕方こそ違えど 真実を求めているように 仏教徒も アプローチこそ違えど 真実を求めているわけです。

当たり前の坊主が当たり前に仏法を説いていたならば・・ 

「死んでゆくあなたをゴミにするのは 真実ではなく あなた自身なんですよ」
「あなたは仏教と手法は違えど 真実を求めて生きていたんですよ」
と気づく仏縁に遇っていたならば・・・

たったこれだけのことさえあれば この方は 死を前に こんな思いにかられることもなかったでしょう。
詫びる言葉も思いつきません・・

あたしたち坊主は何やってんでしょうねえ。
しっかりしましょうよ!
このままじゃ ゴミはあたしたちでしょう?
 

ps:きっと この方だけではないんでしょうね。
仏教国の仏教徒の家に生まれながら 仏教を知ることなく 「死ねばゴミになるかもしれない」と思いながら 死んでいかねばならない人々ってのは・・・

座敷犬の皆様へ:坊主がボーっとしてるうちに 数限りない 御門徒がむなしく死んでいやいませんか?

posted by 泣いた赤骨 at 03:07| Comment(8) | TrackBack(0) | 親鸞聖人によろしく | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
阿弥陀様におすがりする、というのが非科学的に思えたのでしょうね。それは分かる気がします。
浄土真宗に疑問を感じたのであれば、それが本当の仏教なのだろうか、と仏教そのものを初期の仏教というものから検証してみる、というところまで進まれたらよかったのに、そう思います。検事という職業の人だったらなおさらそう思います。
そうしたら、放置され腐乱した死体を見た釈迦が、死ねばもはやゴミだな、というような印象を持ったことや、釈迦の思考が、まさに科学的合理的なものであることが分かって、大いに共感できただろうに、と私も残念に思います。
Posted by たかはし at 2007年05月24日 06:02
宗教とは、科学とは相容れないものだという先入観を崩すのは、結構難しいことだろうと思います・・。

・・・本当に難しいですねえ・・・。
Posted by 観之助 at 2007年05月24日 15:37
哲学をすこしかじった人の心は無神論へ傾く。しかし哲学の深さは人類の精神を宗教へと向かわせる。 F・ベーコン

>僕の頭は、科学的合理的な思想のほうが受け入れやすくなっている

科学者が宗教を信じないかと言えば、そうではない。
科学的合理的精神と宗教が共存し得ないものであるかのような書き方には短絡さを感じます。

ただ、この方の仰る事も理解できるんですよね。
Posted by ほーすい at 2007年05月25日 00:51
白骨は、なかったでしょう荷ヒモなど喩えますと
大きい田原俊彦をギンギラギンしなかった。
Posted by BlogPetの白骨 at 2007年05月28日 15:01
仏教は慰めだと思ってる人が多いですよね。仏教は生きている人の為にあるのに。
Posted by 水玉がえる at 2007年05月31日 13:00
たかはしさまコメントありがとうございます。返事おくれてすみません。

まさに科学的合理的なものであることが分かって、大いに共感できただろうに、と私も残念に思います。>そうなんですよ。神様の宗教ならいざしらず 仏教の特徴に気づいてもらえなかったのは残念ですねえ。


観之助さま へんじおくれてすみません。

先入観を崩すのは、結構難しいことだろうと思います・・。>どうすりゃいいんでしょうねえ(号泣)。そんなおもいを持って今日もどこかで仏教徒がしんでるわけです。

ほーすいさま 返事おくれてすみません。

僕の頭は、科学的合理的な思想のほうが受け入れやすくなっている>結局 この方をとらえたのは 科学的で合理的な思考というより 世間つくりだし 坊主が放置したいいかげんな 宗教観だったわけです。
なんて 詫びましょうか?


水玉がえるさま 返事遅れてすみませn。

この作者の方に非はないでしょうね。
ただ縁がなかっただけです。
縁がなかったのは 坊主のせいだとおもっています。
Posted by 黒骨 at 2007年06月06日 03:31
黒骨さん、はじめまして。

縁がないのは誰のせいでもないと思いますよ。
それに、この方はきっと気づいてらっしゃったのではないかと思うのです。

生き方は人それぞれちがうので、その人の本当のところは分かりませんよね。今になって、わたしには「間違ってる」と思えたことも、あとで「あれはあの人にとっては正しかったのだ」と気づくこと多し、です。

みんな、目指しているのは同じところだと思います。わたしから見て「そこ行き止まりだぞ!」と思っていたところが、じつは道がつながっていることもあるんじゃないかと思う、今日この頃です。

PS ブログヘッダーのイラストけっこう好きです(笑)
Posted by Kiki at 2007年06月23日 20:08
Kiki さま はじめまして このふざけたブログへようこそ!コメントありがとうございます。

仏教国なのに 仏法が必要なひとに 仏法がとどかないという現状。
坊主が「しかたない」で済ますわけにはいかないと私はおもっています。
Posted by 黒骨 at 2007年06月29日 12:48
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック