2007年05月17日

「醜いアヒル」と「カワゲラ」の救い

坊主は日々 色々と相談を受けます。

「生まれてきた孫に先天的な障害があることがわかりました。」

「子供が交通事故で死んでしまいました。」

「私はいつまで 意地悪な姑と一緒に暮らさなければいけないのでしょう?」

「大怪我をして 医者からもう 元の体には戻れないといわれてしまいました。」

そして・・・その後に

「こんな私を仏教がどう救ってくれるんでしょうか?・・」
と続くわけです。

こんな時、坊主は必死に見極めようとするわけなんです。

「この人に 今 仏法を伝えるべきか? それとも 何も言わず 日をあらためるべきか?」
という事と
「今の自分に 仏法を伝えるだけの材料があるのか?」ということをです。

「情熱や想い」はあって当然、それを装備した上で 「状況を明らかに見ていく」という冷静さが 世間一般のお仕事皆様と同様に坊主にも求められるわけです。

「やはり 坊主なんて仏教が好きじゃないと出来ないもんで お金なんか二の次なわけなんです。」

↑そんなことを飲み会で話していると 友人から 返す刀で

「嘘付け!東京でお前のところの宗派の坊主が 物凄い浪費生活した挙句 麻薬所持でつかまってんじゃねえか!」*(パラサイト坊主 大麻所持)←クリックで飛びます。

という 恥ずかしい現状を突きつけられ 事実から目を背けてしまいたい黒骨です。
申しわけありません。同じ宗派の坊主として お詫び申しあげます。

そんなみっともない話はさておき・・・

皆様は 幼いころに見たテレビ番組に衝撃を受け、何十年もたっても未だにそのことを思い出すってことがないでしょうか?
黒骨は 幼い頃見たアニメーション「みなしごハッチ」の「カワゲラの話」(タイトルうろ覚えです)を未だに思い出します。

Photo_4

どんな話かと申しますと・・

旅の途中で ハッチ一行は とある川に立ち寄ります。
川の中では ヤゴたち(ヤゴってのは トンボの幼虫のことです。川の中にいます。)が遊んでいました。
ハッチはその中の一人と仲良くなります。
そのヤゴは「ボクは早くトンボになって 川の中から 抜け出し かっこよく大空を飛び回りたいんだ!」と夢を語るわけです。

それからしばらくして・・・

ヤゴたちはいっせいに 水の中から這い出し 近くの草に登って動かなくなってしまいました。ヤゴの殻から脱皮してトンボになるためです。
友達のヤゴもトンボになるべく 動かなくなってしまいました。

そして・・その日の晩、ヤゴたちは次々と殻を破り、トンボとなっていったのでした。

夜が明け、目をさましたハッチは トンボになったヤゴたちをみて驚きます!!
「すげ~!変るもんだねえ!!」
そんなこと想いながら 仲良くなったヤゴを探すハッチ、しかし、彼の姿は何処にも見当たりません。
「何処かに飛んで行ったのかな?」と思いながら探し続けると・・草むらの奥ですすり泣く声が聞こえてきます。

すすり泣く声が聞こえる方に行ってみると・・・・・

トンボに似ていると言えないことも無いけど トンボと比べ 圧倒的に 気持ち悪いフォルムの羽の生えた虫が泣いていました。

気持ち悪い虫「エーン、エーン、ハッチ!ボクはトンボじゃなっかったんだ!かっこ悪いカワゲラだったんだよ!ボクはトンボみたいにかっこよくないし、トンボみたいに速く飛ぶことも 高く飛ぶこともできない・・・
惨めで哀れで みにくいカワゲラだったんだ!こんなボクを笑うがいいさ!!」

Kawagera

(↑実際のカワゲラです。この画像ではわかりにくいですが 風の谷のナウシカに出てきそうな容姿の虫です)

思わずその姿に絶句する一同。
そうです、仲の良かったヤゴは トンボではなく、カワゲラだったのです!
ハッとした一行は号泣する彼を慰めるべく 「トンボもカワゲラも似たようなもんだよ!」的な言葉を投げフォローを試みます。 
トンボと比べると 圧倒的な程の カワゲラのスタイルとポテンシャルの低さが目に付いてしまい ハッチたちは説得力ある言葉になりません。というか その小汚いというか気持ち悪い姿に腰が引けているようにも見えます。

そんなハッチたちの正直な反応に いたたまれなくなった カワゲラくんは 泣きながら よたよたと飛んでいってしまいました。

再度 沈黙する一同・・
しばらくして そこへ別のカワゲラが飛んできます。実はこのカワゲラはさっきのカワゲラのお父さんだったのです。彼は言います。

「大変だ!凶暴なタガメがこっちに向かっている。みんなが襲われてしまうかも知れないから 君たちもみんなに知らせるのを手伝ってくれないか?」
その時、ハッチたちは知るのです。何故、カワゲラがヨタヨタと低く飛ぶのかを・・
そうです。カワゲラは川の中の様子を見て パトロールし、川の中の虫や川辺の虫たちの安全を守る役目を持った誇り高い一族だったのです。

すったもんだあって 川の昆虫を救った カワゲラ+ハッチ一行。
この回の最期、父親カワゲラの行動を見た カワゲラくんは トンボのように 速くも高くも飛べず、かっこ悪いけれど 自分がカワゲラであることに誇りを持つようになります。

・・・という話です・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
「みにくいアヒルの子」は ハクチョウになって 救われ、幸せになりました。
「シンデレラ」は 王子さまと結婚し 救われ、幸せになりました。
確かに そんなウルトラcな「救い」ってのは わかりやすくて 一般ウケするのかもしれません。

でも 私は いつも相談を受ける立場にあるからでしょうか?
それとも仏教徒だからでしょうか? 
これらの話ってのはどうも 腑に落ちないんですよ。
「私の都合で 私の環境は変わることはない」とお釈迦様から教えてもらってるからです。(一切皆苦)

一つ聞いていいですか?

醜いアヒルの子が 大きくなっても醜いままで人生を終えねばならないとしたら・・
シンデレラが一生 継母や姉妹たちの世話を見続けねばならないとしたら・・・
その人生は 惨めで 無意味で 気の毒な人生なのでしょうか?

そうじゃないでしょう!
「病気がちな人生より 健康な人生のほうが価値がある」、
「貧乏な人生よりお金持ちな人生のほうが価値がある」、
「バカにされる人生より 尊敬される人生の方がかちがある」
「醜い姿な人生より 美しい姿な人生の方が価値がある」

そんなことを言って 喜んだり、 苦しんでだりしているのは 他ならぬ人間自身であって 悟られた(真実と一つになられた)お釈迦さまは そんなことは言ってないんです。何故ならそれは真実では無いからです!

ヤゴだったカワゲラくんにとって トンボになることは全てだったわけです。
速く飛び、高く飛び、かっこいい姿のトンボになりたかった・・・
言うまでもなく カワゲラなんかになりたくなかったわけです。
しかし、脱皮してみると 現実の彼の姿はまごうことなきカワゲラだったんです。

夢破れ、これからの人生に失望した彼が 思いつめ 自殺しようとしているとして 皆さんは そんな彼に何と言葉をかけますか?

「生きてりゃ、奇跡が起こって トンボになれるかもしれないよ・・・」

黒骨は そんな無責任な気休めでは とりあえず彼を思い止まらせるすら出来ないと思うんです。
今のままではとても生きていけないから死のうとしてるんですよ。

「諦観」って言葉が仏教にあります。
「諦」という字が入っているので「あきらめる」と解釈されそうですが「事実を明らかに観る」という意味です。このことは仏教では大切にされます。
ですから 仏教における「救い」ってのは 事実に向き合った先しか 得られません。
「認めたくない現実」に対し「認めない!」とわめきちらし、叫んで否定しても 「え!?そうだったの?」と思い直し人間はいるかもしれませんが 事実は決して変りません。何故なら 真実とは 時代や場所 状況 そして 誰かの都合で 変えることが出来ないものだからです。

物語の中で カワゲラくんを救ったもの・・・それは 現実に目を背けることを辞めて、
「何のために生きているのか?」「何に向かって生きていくべきか?」
その答えではないでしょうか?
だからこそ、それまで彼自身が持っていた常識や価値観を打ち破り、嫌だったカワゲラとしての人生を誇りを持って生きていく覚悟下できたのではないかと坊主は思うんです。

「耐え難い問題に直面した人に対して 金銭と引き換えに まじないや祈祷によって 救いをもたらすのが宗教である」と誤解される方がいらっしゃいます。
「問題を排除することが出来なければ救いにならない」と思っている方もいらっしゃいます。

どう考えようと個人の自由ですが せめて仏教徒の皆さんだけには そうでない「救い」、仏教における「救い」というものがあることを知っていただきたいですねえ。

ps:嫌われるのはわかってて言いますが、
下の動画は確かにいい話ですよ。黒骨も感動しましたよ。
けど・・・・どこか違和感ってやつがありますよねえ。

彼女が自ら命を断とうとした動機にもよるでしょうけど・・
これだけでは その場しのぎはできても、彼女を救えないと思いませんか?

痛みを和らげるのに 麻酔は必要ですが それだけでは治療になりませんよね。

posted by 泣いた赤骨 at 02:47| Comment(5) | TrackBack(1) | 仏教 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お話も動画も面白かったです。
対機説法という言葉を思い出しました。
いきなり最終真理ということではなくて、ということでしょうか。
Posted by たかはし at 2007年05月17日 13:43
最近思うんですけど。

問題に直面した時の解決法は2つあるわけです。
1つは外を変える。
もう1つは内面を変える。って事です。

世界や現実を変えることって難しいです。
問題が大きくなればなるほど。
例えば僕がモテようと思う。その為には美容整形に何百万もつぎ込まなくてはいけない。
こりゃあ大変です。
しかも、整形した後も、「あれもこれも」と欲が出るでしょう。
じゃあ現実を受け止める覚悟を持てばいいじゃないか、となる。
つまり「男は顔じゃねえ」って事です。
けどさ、美人の彼女や憧れの女の子を彼女にした男を見る度に、「結局顔じゃねえか」「俺にもあの顔があれば」とかおもっちゃうわけですよ。

僕はどちらの解決策もやっぱり正しいって思うんです。
でも、正しさってってのはいつもその裏側に痛みを抱えてるものでもあって。
苛酷な現実に直面した人達に「では、こんな風に思うのはどうですか?楽になりませんか?」って言う事って最近怖いんですよ。
だって、その選択肢にだって同じだけの困難が伴っている訳なんですから。
人は宗教を安易な逃げ場と捉えることが多々あります。
でも、結局何を選んだってそこにはそこの葛藤があるんですよね。
それを提示するだけの覚悟が僕にあるのか、というと・・・
Posted by ほーすい at 2007年05月17日 16:17
初めまして!
偶然に見つけてしまいまして・・・。
とても興味深い内容なのでこれからもちょくちょくお邪魔させて頂こうと思っております。

現実って逃げられるものではないんですよね。

あと小生もブログを書いています。
宜しかったらいらして下さい。
アドバイスなど頂ければ幸いです。
Posted by 方丈安穏 at 2007年05月19日 20:37
坊主いいかもー♪
Posted by BlogPetの白骨 at 2007年05月21日 10:38
たかはしさま 返事おくれてすみません。いつもありがとうござます。

対機説法って言葉を私は その人にとってもっとも有効で最速である説法と理解しています。
それは 坊主の逃げ口上であってはならないものだとおもいます。

ほーすいさま コメントありがとうございます。返事遅れてすみません。

私はノー天気かもしれません。
悟りがすべてを解決するとおもっています。また
そのことに関して 疑いが起こってこないんです。

方丈安穏 さま はじめまして このふざけたブログへようこそ! 返事おくれてすみません。

アドバイスなど頂ければ幸いです。>こちらこそ これからもよろしくお願いします。仲良くしてやってくださいね。
Posted by 黒骨 at 2007年06月06日 03:21
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Tracked: 2007-05-17 18:55
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